門康彦淡路市長 インタビュー記事

更新日:7月19日

2021年3月8日、門康彦淡路市長にインタビューを行いました。


「夢を持っている人間は何とかやっていける」  高校生の時に同人誌を発行し、大学時代の夢は芥川賞受賞。文藝春秋で有望株として紹介されたこともあるという門市長。淡路島の今後や未来を担う若者への想いを聞いてきました。

(写真左から初島、門市長、國部教授、河村、森)


内容項目
  1. 淡路市について

  2. 淡路市役所について

  3. 門市長ご自身について

  4. 淡路市長として取り組まれたことについて

  5. 淡路市の将来の展望について

  6. 淡路市役所の職員に期待することについて

  7. これから社会へ出ていく学生へ



淡路市について

 淡路市の1番の魅力は地形的有利性にあると思います。神戸市には30分ほど、大阪市には1時間ほどで行けるので、大阪まで通勤圏内になるところに位置しています。アメリカのハドソン川のような感じですね。その有利性を示すものとして、24社もの企業誘致に成功しています。


 淡路島は観光業が盛んで、本市としても力を入れていることです。観光客が増えることは、観光に携わる人にとっては嬉しいことであるが、そうでない人からすると休日に人が多いことを良しとしない人もいるかもしれません。そのバランスが取れるような淡路市にすることが大事ですし、我々行政がしていかなければいけないことだと思っています。



淡路市役所について

 最近では神戸市・明石市など、淡路島外から通勤する職員が多くなりました。淡路島外に住んでいる人も働きに来ることができることも魅力だと思います。


 また、まだまだ淡路市は伸びしろがあると思います。特に今は大阪湾活性化構想に淡路市がどう関わっていくかが大事です。これからが楽しみな職場だと思います。



(写真左から門市長、初島、國部教授)


門市長ご自身について

高校生時代について

 

 県立津名高校に通っていました。進学クラスが初めてできた年に入学し、1組に入りました。


 高校1年生の終わりに今までの人生で最初で最後の病気となるA型肝炎にかかり、2週間ほど自宅療養していて、数学が学べず、文系を選びました。


 文学に興味があり、先輩に教えてもらい、高校生の時から自分で同人誌を出していました。



大学生時代について

 

 関西大学文学部に通っていました。関西大学を選んだ理由は、芥川賞を目指すため、同大学の文芸部に入り、文学に専念するためです。文藝春秋で有望株として紹介されるくらいにはいいところまでいきましたが、それ以上は無理でしたね。


 文学以外にも空手もやっていました。結構武闘派でした。



大学卒業後について

 

 大学卒業後は、兵庫県職員として淡路島の三原高校で勤務しました。三原高校では3年間勤めました。


 その後は兵庫県庁へ異動しました。教育委員会、財政、土木、農林、県民局、と県庁では福祉以外の仕事は大体全部経験したのではないかと思います。大学を卒業してからずっと公務員です。


 淡路県民局長を務めていた時に、淡路島の1市10町が編成されて合併するという話がありました。淡路町・東浦町・北淡町・一宮町・津名町の5町合併に携わった経験から、淡路市長選に立候補しました。


 2005年の市長選に当選し、初代淡路市長に就任しました。それから2期・3期・4期・5期と当選し、現在まで淡路市長を務めています。



市長として大切にされていること


 1つは自分に正直であれということです。やはり公務のトップであるので、忍耐強い心を持って、全体の福祉にとってプラスになることを最優先するようにしています。自分の信念を大切にして、ダメであれば住民の皆さんが判断してくれると思います。


 もう1つは健康に留意するということです。毎日1時間決まった運動を徹底しています。加齢もあって最近はしんどくなってきましたが、続けることで自分の意識をブレずに保っています。



(写真左から門市長、河村、森、初島)


淡路市長として取り組まれたことについて

5町合併について


 淡路市は2005年に5町が合併してできた市であり、5町をまとめて一から組織を作り上げて1つの市にする必要がありました。私は自分のことを政治家ではなく、行政の人間だと思っているので、行政の目線で組織を作り上げてきました。


 また、淡路市の市庁舎を建てる際に、1つの大きな庁舎を建てるのではなく、その代わりに5町それぞれに事務所を設け、現地解決型の住民サービスを目指しました。現在では、それが形になってきていると思います。



住民サービスについて


 力を入れた住民サービスとして4つ挙げられます。

  1. 農業や漁業、畜産業といった第一次産業への手厚い支援

  2. タブレット教育を全国的に始まる前からの導入とタブレット教育に対応した教員の指導

  3. 阪神淡路大震災の経験から、南海トラフ地震に向けた危機管理

  4. 市バスの運営や道路整備などの生活基盤の整備

 この中で特に教育に関しては、ICT機器などの整備状況と教員の指導力で評価される全国情報化ランキングで小学校2位・中学校5位と高い評価を受けました。



企業誘致について


 人口減少・少子高齢化の影響から定住人口の確保が必要でした。そのため、働く場所・雇用を生み出すことを目的として、淡路市は積極的に企業誘致を推し進めました。その際、淡路市と誘致企業がwin-winな関係になれるように図ってきました。

 

 その結果として、市外から24社もの企業誘致に成功しました。また、兵庫県が調査している淡路市の推計人口の社会増減ではプラスに転じており、企業誘致の影響が表れているのではないかと思います。



淡路市の将来の展望について

 大阪や神戸とどうやって連携を図っていくかだと思います。特に次世代のためにも、IRや万博といった大阪湾活性化構想についていかなければならないと思います。大阪へ来た人が淡路島にも寄ってもらえるようにするにはどうすればいいかを考えて、実行していきたいです。


 とにかく次世代のために良い形で引き継ぎたいという気持ちが強いです。現在、大阪の泉佐野市にある関西国際空港は、昔は淡路島にできるという案もありました。空港とセットで新幹線の駅もできる計画でした。しかし、当時の反対運動によってその計画がなくなってしまったのです。私はその経験からも、今回の大阪湾活性化構想に対しての政策は、将来のためにいい形にしたいです。



淡路市役所の職員に期待することについて

 今の淡路市は「いつかきっと帰りたくなるまちづくり」をスローガンしています。そのため、住みやすい環境を整備してほしいと思います。最近、大阪から移住してきた若い夫婦にスローガンが移住を後押ししてくれたと言ってもらえました。


 また責任はトップが取るので何でもやってもらえたらと思います。失敗から学んでほしいと思います。企業誘致も最初は失敗からのスタートでした。



これから社会へ出ていく高校生の皆さんへ

 “Dreams Come True”


 夢を持て!いつかは必ず叶う。夢を持っている間は人間なんとかやっていける。



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