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ICE-UP 多田さんご夫妻 ご主人編

更新日:2021年7月19日

2021年3月3日、志筑でアイスキャンディ屋“ICE-UP”を営む多田さん夫婦にインタビューを行いました。ICE-UPに関する記事は2回に分けてお届けし、まずはご主人編からです。


溢れる島愛を根っこに持つ『昭和58年組』でよりよい未来を担いたい


 実家の一部を改装し創業した多田健造さんの前職は大阪府社会福祉協議会。15年働いた職場を辞め起業に至るまでの道のりやアイスキャンディー作りに込めた想いを聞いてきました。


(写真は左から多田健造さん、多田ゆうこさん)


内容項目
  1. 高校時代について

  2. 大学時代について

  3. 大阪で福祉の仕事をしようと思った理由

  4. ICE-UPを開くまでの経緯

  5. ICE-UPの紹介

  6. ICE-UPでの仕事について

  7. 「アイスキャンディからはじまるまちづくり」というフレーズについて

  8. 淡路島の魅力について

  9. Uターン経験者として感じる淡路島の良さ

  10. 学生・淡路島出身者に伝えたいこと



高校時代について

どんな学生生活だったか


 県立津名高校の理数科に入学しました。津名高校は自宅から一番近くの高校で、理数科を選んだのは普通科の人よりも1か月早く合格が決まるからです(笑)


 部活はサッカー部に入部しました。同学年の部員数は少なく7人。そのおかげで上下関係もよく後輩とも仲が良かったです。


 休日は淡路らしい過ごし方をしていたかもしれません。北淡に友人が多かったので週末はバスに乗ってよく遊びに行っていました。バーベキューをしたり、海へ行ったり、夕日を見たり星を見たりと、淡路島の自然が常に身近にありました。



高校時代の夢 


 正直、高校時代に『これになりたい』という明確な夢はありませんでした。小学生の時はサッカー選手になりたかったけど、中学校にサッカー部がなく、その時サッカー選手は無理だと気づきました。


 個人的にですが、島内の高校生の傾向として、高校には漠然と進学する人が多いように思います。それは、色んな職業に触れる機会が少なかったからかもしれません。地元に残った同級生は市役所や銀行、農協、看護師、保育士などの仕事についた人が多いです。


 私自身は、あれこれ悩みながら、最終的に「自分には何が向いているんだろう」と考えた結果、我が家は祖父母が実家の隣に住んでおり、近所のおじいちゃんおばあちゃんたちにもよくしてもらったことなどから、「高齢者の方々と話しをしたり喜んでもらえたり、誰かのためになる仕事が向いているのかもしれない」と考えるようになり、大阪の福祉系大学に進むことを決めました。



大学時代について

社会福祉の勉強について 


 大阪にある大学の社会福祉学科に進学しました。社会福祉学科に入学したのは社会福祉士の資格を取得することで専門性を高め、福祉分野での仕事の幅を広げるためです。


 大学でより深く福祉を学んでいくなかで、地域やまち、人々の暮らしを丸ごと支える仕事がしたいと考えるようになりました。そんな中、高齢者や障がいを持つ人、子どもを含めたみんながどうやったら住みやすくなるかを考え、地域のみんなと支えあいのしくみをつくる”社会福祉協議会“の仕事に興味を持ちました。地域福祉・まちづくりをテーマとするゼミを専攻。卒業論文では、祖母が家からあまり積極的に出なかったことなどから、高齢者のひきこもりに課題を感じ研究しました。


 また、社会福祉士資格取得のために必須となる洲本市社会福祉協議会での実習経験と出会いは、私のその後の進路に大きな影響を与えてくれました。この経験がさらに淡路島のこれからを気にかけるきっかけになっているように思います。


 

大学生活について 


 学生時代はAM/PMというコンビニで夜勤のアルバイトをしていました。下宿先を探している時に訪れた不動産屋さんが偶然そのコンビニのオーナーで即採用。卒業までの約4年間お世話になりました。


 サークルはフットサルサークルを自分たちで立ち上げ、毎週20人ほど集まって楽しくボールを蹴っていました。当時の仲間たちとは卒業後も“家族ができても一緒に集まれる場”として新たにチームを作り、今でも年に数回は必ず集まってフットサルをして、お酒を飲みながら仕事や近況について語り合うなど、高め合っていけるいい関係が続いています。


(写真は左から多田健造さん、初島、河村)


大阪で福祉の仕事をしようと思った理由

 社会福祉協議会で働きたいと思った理由は、高齢者だけ、障がい者だけ、児童だけと分野を問わず広く地域全体に関われるからです。ただ、当時社会福祉協議会はとても人気で、欠員が出た時だけ募集が出る状況だったので募集がないところがほとんどで、他の就職先も考えながら就職活動をしていました。


 兵庫県内と大阪府内の高齢者施設を回りながら採用試験を受けていたところ、運よく卒業前の年末に大阪府社会福祉協議会の募集があり、300人超えの応募に対して2人の採用という厳しい状況ではありましたが、無事採用いただき働けることになりました。


 最終的に約15年間、府内各市町村の社会福祉協議会で働く職員さんと出会い、語り合い、先輩方の背中を追いかけながら、大阪府域のまちづくりに携わりました。福祉分野で働く先輩方、同志と過ごした時間が今でも私のまちづくりへの想いと考え方のベースになっています。



ICE-UPを開くまでの経緯

大阪で仕事をしていて、どうして淡路島にUターンしようと思ったのか


 淡路島ではなんとなく長男は地元に帰るという雰囲気があって、私自身もいつかは淡路島に帰ろうと漠然と思っていました。具体的にいつと決めてはいなかったですが、淡路島で自分らしくこれからのまちづくりに役立てるようにと、在職中は自身の成長を意識しながら目一杯働きました。


 そんな中、実家で祖母の介護を20年近くしていた母親が体調を崩してしまったことなど家庭の事情が重なり、「老老介護がますます厳しくなるこれからのことを考えると淡路島に戻るのは今かもしれない…」「地元に帰ってこれからの島のまちづくりに何かしら携わることができれば」と、Uターンを決心しました。



アイスキャンディ屋をしようと思ったきっかけ


 きっかけは色々とあるのですが、ヒントになったのは沖縄県の石垣島でアイスキャンディー屋さん「ぱいぬしま氷菓タマトゥリー商店」を営む友人夫婦の存在でした。


 「今、島にないもので、島の人、島を訪れる人々が喜んでくれて、自分たちも楽しみなが続けられることを仕事に…」そんな想いからアイスキャンディーにたどり着いたというエピソードは、自分たちの想いと淡路島の環境にぴったりとハマりました。


 淡路島は牛乳や果物をはじめ食材に恵まれた島でキャンディーを作るための素材に溢れていました。地元の方々にも観光で島を訪れる方々にも島のモノ(食材)、それを育てるヒト、島ソノモノの魅力を広く知ってもらいたい。アイスキャンディーを作ることで島の生産者さんはじめこの島を盛り上げていきたいという熱い想いを持った人たちと出会いつながっていきたい。


 淡路島のファンを増やし、その先に住みたいや暮らしてみたいという想いが生まれたり、より安心して暮らし続けたいという想いが生まれたり、それぞれの“くらし”に目を向けられるようになったらいいんじゃないかな。そんな風に考えました。こうしてアイスキャンディーというツールを通じた、社会福祉士としての新しいアイデアが生まれました。


 コンセプトは『アイスキャンディーからはじまるまちづくり』。島に住む人、島を訪れた人、キャンディーを通じて島のファンになってくださった人、「みんな」と、「いっしょに」。『#アイスアップ といっしょ』を掲げて、これからの淡路島のまちをつくっていきたい。そんな想いがベースとなっています。



開店までの道のり


 仕事を辞めて淡路島に戻ると決めたときには、アイスキャンディー屋をはじめるなんて思ってもみませんでした。2020年3月末に退職し4月に淡路島へUターン。ただ、コロナ禍で考える時間はたっぷりとありました。1ヶ月ほどあれこれ考え、先の想いが明確になってからは一直線。アイスキャンディー製造機器の会社に訪問したり石垣島の友人夫婦に話を聞いたり、助成金情報を集めたり、島ですでに商売を営む友人たちに会って話を聞いたりと走り回り、6月には実家の一部を改装して店舗にする工事を開始していました。


 高校時代の友人の実家が工務店だったり、来てくれた大工さんが近所の方だったり、駐車場を貸してくださるご近所さんがいたりと、たくさんの方々に応援いただきながら2020年7月末には概ね開業準備が整い、8月31日に無事にオープンすることができました。


(写真は多田健造さん)


ICE-UPの紹介

 アイスアップの名前の由来には2つの想いが込められています。一つはシンプルに『愛す(アイス)る淡路島を盛り上げていきたい(アップ)』という想い。


 もう一つは、日常に趣を添える・面白くするなどの意味を持つ“spice-up”という言葉が店名の裏に隠れていて、『島の人たちの日常や、淡路島を訪れた方々のひとときに彩りを添えられる存在になりたい』という想い。


 そんな想いを持つ社会福祉士夫婦が営む、誰もにとって身近なアイスキャンディー屋を目指しています。



ICE-UPでの仕事について

どのような業務をしているのか


 素晴らしい生産者さんがあって初めて美味しいキャンディーが作れます。そういう意味でも生産者の方々と繋がることはとても大切です。


 さまざまな生産者さんを繋いでくれる友人の存在もあり、果物から野菜まで様々な農園を回って関係性を築きながら、その素晴らしい食材を購入させていただいています。


 製造から販売のフローについては、仕入れた材料を加工・調合し、加熱殺菌をした後、凍結缶を使って冷凍、検品・封入ののち、店舗販売や他の販売店での卸販売、ネット配送等を行っています。



どのような人と関わりがあるのか


 仕入先の農家さんや卸先の業者さんと関わることが多いです。代々ご家族で農家を続けてきた方もいれば、移住して新しい農作物にチャレンジする若いご夫婦もおられますし、最近ではニュースでもよく話題になっている大手企業パソナさんで農業に従事する若者たちとの出会いもありました。お店は出会いの宝庫だと思います。


 また、今の私たちのくらしの中で大きな支えとなっているのは、同じ淡路島でくらす同級生たちの存在。島内一の物産館の店長もいれば、ズバ抜けたセンスで淡路島の最先端をリードする弁当屋の友人、老舗旅館で修行をして飲食業を営む友人、これまでの仕事のキャリアを生かして両親が営んできたお宿をリニューアルオープンした友人など、職種や経歴は様々ですが、溢れる島愛を根っこに持つ『昭和58年組』として、常に自分たちがこれからの淡路島を背負っていく覚悟を持って楽しく切磋琢磨しあえる、そんな貴重な仲間たちに助けられながら毎日を過ごしています。



やりがい


 今のやりがいは、私たちの淡路島をより良くしたいという思いに共感してくれる人が増えていくこと、淡路島っていいところやなっていう人が増えていくことです。


 今では島内に限らず、東京や神奈川でも友人がお客さまにアイスキャンディーを通じて淡路島の魅力を届けてくれています。何より“まちづくり”というやりたいことの入り口に立てていると実感できる瞬間に、たまらなくやりがいを感じています。

 

 これから実際にまちづくりに携わっていると感じられる機会が増えていけば、もっともっとやりがいを感じながら楽しく働いていけるような気がしています。



自分でお店を持つことの難しさについて


 自営業なのではじめることは簡単。またやめようと思えばいつでもやめられます。


 やっぱり大変なのは続けていくこと。お店を持つことの難しさは“いいことも悪いことも全て自分たち次第”というところでしょうか。


 例えば、もっとゆっくりする時間が欲しいなと思った時に、新たなつながりを求めることや商品開発の試行錯誤、SNSを活用したこまめな情報発信等をやめることは簡単かもしれませんが、それでは自分たちがやりたいことは達成できないし、お店を続けていくこともできません。


 想いと決断と行動力とタイミング。それから日常にワクワクできるちょっとの遊び。その絶妙なバランスをいつも心がけています。



休業日は何をしているのか


 休業日には島の勉強(島勉としてSNSで発信中)として農家さんにお会いしたり、島の新しいスポットやお店を巡ったり、キャンディーの製造をしているので、オープンしてから完全な休養というのは正直今のところないです。


 どうしても長く住んでいると島の良さが当たり前の日常となって、良さと感じにくくなってしまうこともあると思うので、例えばあえて島内の宿泊施設に泊まって、そのサービスや景色や食の魅力を全身で感じるような時間も大切にしています。

 

 やはり魅力をわかっていないと人には伝えられないと思うので。


 

「アイスキャンディからはじまるまちづくり」というフレーズについて

 あくまでもアイスキャンディーは淡路島に興味を持ってもらう、好きになってもらうためのツールだと思っています。私たちのアイスキャンディーを目にして、手に取って、口にしたことがきっかけで、淡路島にはおいしいものが多いんだなと知っていただいたり、実際に淡路島を訪れて素敵な場所だなと感じていただけるきっかけとなれれば嬉しいです。


 そして、淡路島出身の人は淡路島の魅力に改めて気づいていつか島に帰るきっかけになったり、淡路島のファンになった方が移住してくれたりするといいなと思っています。島で暮らすことに目を向けて、そこから暮らし続けるために必要な課題解決に目が向いたり、実際に取り組んだり、そういう地域の支え合いが再構築されて深まっていけばなお素敵だなと思います。


 知る→訪れる→住む→伝えるという循環が生まれて、誰もが自然と自分の暮らすまちのこれからに目が向いていく。アイスキャンディーがそんなきっかけになれば最高です。


 それから、なんとなく課題だと感じていたことなのですが、やはりどこか地元の人と移住されてきた方々との間に気持ちの面で隔たりを感じることが時々あります。どちらも淡路島のために素晴らしいアクションを起こそうとしているのに、それが点と点で線になっておらずチグハグに感じられることがあります。それはとってももったいないことだと思うので、Uターンと移住者夫婦の自分たちだからこそ見えているものを大切に、そこをつなげるパイプ役にもなりたいと思っています。


(写真は左から多田ゆうこさん、なるか農園さん、多田健造さん)


淡路島の魅力について

 海沿いを走れば潮の香りがして、夜空を見上げると満点の星が広がっている。素晴らしい景色も食も充実していて、昔ながらの人と人のつながりも大事に残っている。そんな日常がなによりの魅力的だと思っています。


 またあえて時々観光客の立場にたってみることで、その魅力を普段以上に感じられることが多々あります。



Uターン経験者として感じる淡路島の良さ

 帰ってくるまでは大阪に住んでいましたが、例えば交通の便や飲食店や病院の数など、日常の便利さは圧倒的に大阪の方が良いと思います。

 

 ただ、自分は生涯暮らし続けるなら淡路島の方が良いです。普段食べる食材は野菜にしても魚にしても圧倒的に鮮度がいいし、これまで外食で満たされていたおいしい『食』が家庭で満たされるというのは、最高に幸せなことだと思います。


 また視覚と聴覚の面でも、ストレスを感じる度合いが全く違い、広がる自然の景色や自然の音を楽しめる生活は、心身ともにストレスフリーです。


これから社会に出ていく学生や淡路出身で島外在住の人へ伝えたいこと

高校生の人たちへ


 進学や就職で淡路島から出ていくことも残ることも、それは自身の選択なので将来を見据えてたっぷり悩んで決断できるといいと思います。そのためには情報が大切。いろんな先輩や大人の話に興味を持って耳を傾けられれば新たな気づきがあるかもしれません。どちらの道を選んでも正解。どんな進路を選んでもやっぱりみんな淡路島のことが好きだし気になるし、淡路島出身!という想いを持ち続けられるってすごいことだと思います。


 そうして、どんな過程を歩んでも、最終的にはそれぞれのカタチでいつか淡路島のために貢献してもらえれば最高です。


 そのためには、いろんな人たちと出会って、いろんな考えや想いに触れて、目的意識を持って学ぶことが大切だと思います。そうして身についた経験値やスキル、自分自身の価値をを淡路島の未来にいっしょに還元することができたら、私もHAPPYです。



淡路出身で島外在住の人へ


 淡路島はまさに今、過渡期にあります。ここから数年の取り組みがこれからの島のあり方を大きく変えるのではと思っています。大手企業の本社機能移転に伴ってこれまで以上に注目を集める中、いつか帰ってこようと思っている人がいるなら、今が最高に面白いかもしれません。


 また島に住まなくとも、淡路島のこれからを気にかけてくれる人が一人でも増えることが、もっともっと魅力的な島に発展していくための大きなチカラになると思います。


 これからの淡路島にぜひ注目して、たまーに帰ってきて欲しいです(笑)




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